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終の住処

4、5 両日中に行く場所をグーグルマップで検索していると初めて東京に
住んだ所に近かったのでストリートビューで昔、住んでいた所を探してみた。
 
いくら探しても前のアパートは出てこない。
無理もないだろう40年も経っているのだから。
街並みは全てと言って云いほど変わっていた。結局、此所だと云う所が
判明出来なかった。
 
次に住んだ場所も全く変わっていた。面影も無かった。
3軒目も無い。でも記憶を頼りにグーグルマップで探していきストリートビュー
で見ると、らしき表札が掛かっていた。前に住んでいた時は○○荘だったが
今はシャトー○○に為っていた。此所だった! 
何が “シャトー” かと思ったが・・・。今風の造りになっている。
アパートに鍵も掛けないで銭湯に行き、結構良い品の小銭入れと伯父から
貰ったダンヒルのライターを盗まれた苦い経験が有る。
盗人の多い土地柄だったのは確かだろう。あんな底辺の住む貧乏人から盗んで何が得られると言うのか?
ダンヒルのライターは質屋に流しても当時5000円以上はしただろうが・・。
  
もう昔、住んでいた所に再び訪れる事は無いが感慨無量な気がしてきた。
貧しかった時期・・・今でも貧しいが、帰り来ぬ青春時代がフラッシュバック
してきた。
懐かしいが、あまりEー想い出など全く無かった土地だ。
 
今住んでいる所は、東京で6軒目だが、もう追い出される事が無い限り、
住む可能性が高い。
出来れば此所を“終の住処”とはしたくは無いが・・・。
 
もっと自然が有る所がEー、もっと静かな所がEー、もっと見晴らしの良い所が
Eー、海が見える所がEー、コンクリートが見えない所がEー、もっと心の
豊かな人達が周りに居てもEー・・・などと際限なく出て来る。
 
温暖な、西・南伊豆辺りならと思う事がある。
ツーリングで良く出掛ける所であった場所で「あー、ここに住んでもEー」と
思う所があった。
しかし、あの地は超低所得者区域だと言われる。
漁師と地元土木工事以外なんの生産的な事業が無い。
要するに働いても収入が少ないと言うことだ。と言うか勤める場所さえないと
言うことだ。
 
静かで温暖で景色が良くて優雅な生活の出来る所は中々無いのが実情だ。
宝くじに当たれば住めるかも知れないが・・・。