ホームページ http://mamo-007.sakura.ne.jp

氷が顔に落ちてくる

・・・昨日の続き
ながーい夜が始まった。日が暮れると山は急激に温度が下がる。
山の中腹で吹きさらしとも言える場所で風がもろテントに当たる。
寝ようとするが寒くて寒くてヤリきれない。
ガタガタと震えが止まらない。着替えを全て着込み靴下も3重にした。
これ以上着る物がない。登山ザックを空にしてそこに足を突っ込む。
それでも震えが止まらない。
 
相棒はなんと羽毛のインナージャケットを持って来ていた。
どこまで準備のEー奴なんだ。
私はガタガタと震えていたが一瞬、震えが止まって静かになったらしい。
すると相棒が心配になり揺り起こしたのだ。「なんだよー」と聞いたが
「いやー、静かになったから心配で・・・」とTは答えた。
「折角寝ついたのに・・・」それから朝まで震えで一睡も出来なかった。
夕食を食べたのだから凍え死ぬ事は無かっただろうに余計な事をしてくれた。
 
簡易テントは化繊の一重なので薄っぺらい。
透湿性が無いので吐いた息が結露になって直ぐテントに張り付く。
その結露が一瞬にして凍り付くのだ。風がテントを揺らし、凍った結露が
はがれて顔に落ちてくる。それが一晩中、繰り返された。
全く寝られた物では無い。
おまけに強風で「ゴー、ゴー」と猛烈な音がする。
最初は電車が鉄橋を走る時の騒音だとばかり思っていた。
我々の居る場所は「人の住む場所からそれほど遠くはない」と妙に安堵感が
ある思いがした。
 
しかし、あまりにしつこく、夜更けてもその音がする。
「この時間、これほど頻繁に夜行列車も貨物列車も走る訳が無かろう・・・」
それは風の音だった「ゴー、ガー」と鳴りはじめ、段々音が小さくなり、
消え入る。まるで列車の走り去る音と同じだった。
それは風が山笹や杉の木を駆け抜ける時に発せられる音だったのであろう。
 
不安は全く感じ無かった。脳天気なので「自分が死ぬ訳無い」と思い込める。
それより眠れない事と寒すぎる事にイラだっていた。
こんな所で遭難する訳にはいかない。「八ヶ岳だもん・・・」
此所で遭難すると格好悪い。
せめて剣岳や穗高岳なら格好付くのだが此所で遭難すると笑われる。
男の美学なのだ。
 
やがて一睡も出来ず、外が白み始めた。
枕の周りは落ちてきた氷で一杯になっている。
月曜日になっていた。
 
一寸休憩