ホームページ http://mamo-007.sakura.ne.jp

学校給食

 わたすは学校給食の経験が無い。田舎の小学校、中学校は昼になると皆、家に帰り昼飯を食べてまた学校に戻るという事をしていた。一日に2度、家と学校を往復するのである。学校と家が離れている子と共稼ぎの家は弁当だった。
 限定的で特殊だったのか知らないが・・・もっと田舎の方では給食だったらしい。高校からは学食か弁当であった。だから給食は食べた事がないから、不味いのか旨いのか知らない。一度、経験しておきたかった。
 
 姪っ子に東京で小学校の教師をしていのがいる。その姪っ子いわく学校によって給食が超マズい学校があると言う。その姪っ子の勤めていた学校はメチャクチャ不味かったそうだ。「どう不味いのか表現出来ないほど不味い」と言っていた。あまりに毎回、不味いので姪の同僚の男性教師が給食のトレイごと給食室に持って行き、給食を作っている人達に「あんたら一度これを食ってみろ、我々は毎日毎日こんな物を喰わされているんだど・・」と抗議に行ったらしい。それを見た姪っ子は「溜飲が下がった」と言っていた。生徒も同じだったろう。
 
 一日のうちで最も楽しみな一つの昼食がマズければその日は悲しいものだ。私なら絶望するであろう。給食は栄養士などがカロリーや栄養素など考えて作られるのだろうが、問題は味付けだ。美味い不味いの舌の感覚が乏しい人間は調理の道に入ってはいけないのだ。食事は子供にとって夢と希望なのだから。給食の調理師もトップクラスのシェフを使って貰いたい所だ。もっとも今後、給食を食べる事は無いのだが・・。
 昔、営業と一緒に車で郊外のクライアントの所に行く際、時間が無いからとコンビニで調理パンを買って車内で食べた事があった。これじゃあ銀行強盗やナニかの前に一腹詰め込むような物ではないか、その時「今後はこの営業とは組まないぞ」と心に決めた「オマエの都合で物事を決めるなよ」と・・。
 味だけでは無いのだ、食事をする空間や食べた後の余韻も人間にとっては重要なのだ。ライオンだって食べた後、ゴロゴロと目を細め余韻を楽しんでいるではないか──あれが大事なのだ。