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大人記念日-Ⅲ

随分前からアチコチのユースホステルが閉館されていると言われている。
30、40年前はアルコール禁止だったし食後のミーティングは強制参加だった。
今どき、そんな所に行く奴もいないのだろう。
 
何故か記憶に残っている福井県小浜のユースも調べると閉館に成っていた。
大きい施設だったが結構、堅苦しいユースだったのは覚えている。
ユースの善し悪しはペアレント次第だ。ペアレントというのは同室者の
事では無く、運営者・管理者の事である。
「節水しろ、電気はマメに消せ」「シャワーは出しっぱなしにするな」等と
ガミガミ言う運営者が居るユースは当然、居心地が悪い。
 
ミーティングの前に自己紹介があるが小浜市営ユースに泊まった時、
ピンクのホットパンツをはいた東京から来た女性が一番美人で気を引いた。
わたすより2つほど年上に見えた。
もっとお近づきに成っておくべきだった。
ユースに来る女性の一人客で綺麗だったのは後にも先にもその人くらいだった。
 
奈良の山奥でダム関係の人に乗っけてもらった時、色々お喋りをしていて
「長距離トラックは乗せてもらえない」という様な事を話していると
たまたま前に大型トラックが走っていた。
するとダム関係者の人が「あのトラック、ワシの知り合いじゃ 頼んだるわ」
と言ってパッシングをしクラクションを鳴らし始めた。
しかし前を走るトラックは気付かない為、車に付けているサイレンを鳴らし
始めた。ダムの放流を始める時に鳴らすサイレンが車に付いていたのだ。
さすがに前を走るトラックも気が付き停車した。
ダム関係者が交渉してくれ、トラックに同乗させてもらえる事になった。
 
しかし、トラックの運転手は運転しながら “眠くてしょーがない”という風だった。
「あー、眠い、眠い」を連発し、目を擦りながら急カーブが続く山道を
水平に近い大きなハンドルを切りながら走っていた。
こっちは “谷底に落ちたらオシマイじゃないか ”と気が気ではなかった。
どうにかダムのある山奥から海岸線の国道まで行く事が出来た。
 
石川県をヒッチしている時も親切な初老の人に乗せてもらった。
「今日は何所に泊まる予定なのか?無いのだったらワシの家に泊まってけ」と
誘われたが、気兼ねするのがイヤなので断った。
「今日は金沢の駅に泊まる予定だ」と言ったら駅まで送ってくれて弁当も
買い与えてくれた。
おそらく金沢駅は老人の予定外のコースであったのだろうと想像できた。
お世話になったので住所も聞いたのに結局、礼状も書かなかったのは今でも反省している。
 
「あの時は有り難うございました」車に乗せて頂いた皆々さま。
 
ヒッチハイクは行きずりの親切に因って成り立つ「旅スタイル」である。
当時の写真は大阪の友達の所に寄った際、友達が写した写真しか残って
いない。
長くなったのでこの辺で終章。